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ゴルギアス
ゴルギアスとの会話の中でソクラテスは知識には真偽がないが、信念には真偽がある点で知識と信念は別物であるとし、言論術とは知識を教えるのではなく、信じ込ませること、つまり説得を作り出すものしている。かくいう説得には、知識をもたらすものと知識を伴わない信念のみをもたらすものがある。弁論術は後者の説得を指すのである。また、ソクラテスは弁論術をある種の喜びや、快楽を作り出すことについての経験と述べ、技術ではなく迎合(コラケイアー)の一部門としている。そもそも、迎合というのは技術に値するような仕事ではないが、しかし、タイミングを見るのに敏感で、押しが強く、人々の応対に生来素晴らしい腕前を持っているような精神の持ち主が行う仕事としている。その例として料理法、化粧法、ソフィストの術、弁論術を挙げている。それらはそれぞれ身体の為の技術である医術、体育術、魂の為の技術である(政治術)立法、司法の一部門とされている。迎合の術は最善を無視し、快さを追及している醜いものであるとソクラテスは述べている。
弁論術の性質については、どのような事柄について論じるのであろうと、物事を知らない大衆の前でなら、弁論の心得、すなわち弁論の能力のある者が、どんな専門家に比べても、説得力すなわち信じ込ませる力において劣ることはないと主張している。しかし、これにはどのような人にも通用するものではないし、他の術を侵害してはいけないとの留保がついている。
弁論術について一通り述べたあと、ソクラテスはポロスとの会話の中で善と害や不幸や幸福、正義や不正について言及し始める。
ポロスとの会話の中で、美しいことが善で、醜いことが悪すなわち苦痛か害悪のどちらかかまたは両方であり、また、幸福なのは善き人で、不幸であるのは不正で邪悪な人であるということを認識しあった。そこで、ポロスが一国の中で自分の思惑通りに何でも行える自由を幸せであることや考えや病気や貧乏や不正が悪であるということと主張すると、ソクラテスは人に不正を行うことは最大の害悪であり、不正を受けるよりも悪であるということを主張する。なぜなら、不正を行っていながらも裁きや罰を受けないことは不幸であり、罪を償ったほうがまだ不幸の度合いは低いからである。また、後のカルクリレスとの会話の中で、極悪非道は権力者から生まれるとし、その理由は自由があることによって不正ばかりしてしまうからであるという考えを述べており、権力者は悪であり、不幸であるという考えを示している。そして、ポロスの証人とあざ笑いという2つの手段を使った反駁方法を痛烈に批判する。結局ポロスはなにもいえなくなり、場面が変わり、今度はカルクリレスとの会話が始まる。
カルクリレスはソクラテスのやり方を真理の追求ではなく、相手が思っていることを言わせなくしている、すなわち、自然と法律という、相反するものを交えて質問して、相手を惑わせ、結局矛盾したことを話させてしまい相手を丸め込んでしまっていると批判をする。また、ソクラテスがしている哲学を若者がやるものであり、必要以上に関わっていると人のさまざまなあり方について心得のない人になってしまう、つまりソクラテスがそのようであると批判する。
それからカルクリレスは正しく生きようとする者は自分自身の欲望を抑えることなく、放置して、思慮分別を持って欲望の充足を図る者であるとした。なぜならば、贅沢と放埓と自由とが背後の力さえしっかりしておけば、それこそが人間性の徳(卓越性)であり、幸福であると考えていたからである。大衆は思い通りに欲望の充足ができないから非難するのであるとした。しかし、そこでもソクラテスは痛烈な批判をする。カルクリレスの主張はそもそも、快と善を混同している。ソクラテスによれば、善と快は別物であり、快は悪であるものと善であるものを含んでいるとしている。よって欲望を充足することは快ではあるが、必ずしも善であるとは言えず、善でなければ幸福でもないという考えを示す。そこから前述した、迎合の話に戻る。
迎合とは快を求めることであるとソクラテスは言う。つまり、弁論術は善を求めていないことがここで明らかになる。そこでそれでは弁論術はどうあるべきか、善とは何かという話題になっていく。
人は魂と身体に分かれる。それぞれ規律と秩序が生まれている状態を法(節制の徳)、健康(身体上の徳)として、弁論家は人々の魂に正義の徳つまり美徳が生まれて不正が取り払われるようにすべきであるとする。なぜなら、思慮節度のある魂は善い魂で、勇気があり、敬虔な人であり、それが幸せな人であるからである。反対に悪徳を持っていて、戦術した通り、不正を行うことは不幸なのである。回りくどい言い方をしているが、要するに弁論術は不正を行わせないようにするための、不正告発するためのものであるべきなのであると主張している。
最後には、ソクラテスが延々と話し続ける。最終的に死ぬことによって人は魂と身体に分離し、魂が治る見込みのないほど悪であるものはカルタロスへいき、不正を罰せられ、改心した者は幸福者の島へいけるという結論に至っている。だから、不正をせず善い人であることに越したことはないのだが、不正をしてしまっても、正しい人になろうとすることによって幸福になれるそのために、弁論術を正しく使うことが必要であるとソクラテスは述べている。

考察

 プラトンがカイレポン、カルリクレス、ゴルギアスとの会話を通して何を見出したかったのか、始めはよくわからなかった。
 読む以前から人の名前である「ゴルギアス」という本の題名にも疑問があったが、読んでますます疑問は大きくなった。さらに副題として「弁論術について」とついていることに対しても疑問符をうったが、弁論術について確かに述べてはいるが、これは一つの方法として、弁論術について述べることを媒介にして、徳や善について、人間について述べていると考えることで落ち着いた。同じように考えると「ゴルギアス」という本の題名も、話し相手を媒介にして、追究していく、ということを具体的な人名を用いることで表しているのではないかと捉えることができる。
ソクラテスは弁論術を迎合であるといったが、迎合という単語は現代政治にもよく使われているように思う。国民の善を求めるのではなく、その場しのぎの名声や立場や人気のため、つまり快のために政策を掲げ、実行している政治家はまさに迎合であるといえるだろう。
 弁論術という一種の迎合の具体例を挙げ、多くの民衆をカルクレスの発言を通して体現化させることによって迎合、人間の弱さ、徳の無さについて、ソクラテス、プラトンは説こうとしていたのではないだろうか。それが現代にもあてはまるというのはソクラテス・プラトンが本質を見抜いていたと考えていいだろう。
 また、カルリクレスが批判したソクラテスのやり方はまさに裁判における検察官を髣髴させる。専門的知識を持っているか否かという点では留保がつくが、次元の違う話を交互にすることにより、相手を混乱させ、一見混乱させるようでいて、本当のことを話させてしまうという方法である。これが正しいのか、不正なのかどうかは疑問が残るが、有効であることには違いはないと考えられる。ソクラテスが弁論術を批判しつつも、弁論術そのものを否定しなかった所以も、本人の自覚は別として、ここにあるように感じる。なぜなら、彼は弁論術を用いて、大勢の前ではないにせよある種の説得をさせているからである。 
 
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「東日本大震災 報道写真展」 
11歳まで仙台に住んでいたことも重なり、3.11の東日本大震災にはこれまでにない衝撃と恐怖を覚えた。地震発生時、就職活動を終え東京駅から中央線に乗るところだった。初めて味わう揺れに足が竦み、しばらくは立てなかった。揺れが収まり、両親に電話をしようとするも繋がらず動揺した。幸い、Twitterにはアクセスでき一通り状況を把握することができた。情報を得ていながら、自分のことで精一杯で東北のことを考える余裕がなかった。その日、6時間かけて歩いて郊外にある自宅に帰り、初めてテレビに映る惨状を目の当たりにした。その日から1週間ほどは、次々と増えていく死者行方不明者、何度も放映される津波の映像、治まらない余震から精神が落ち着かず眠れない日々を過ごすこととなった。
 今回、東日本大震災報道写真展に出向き、改めて震災の悲惨さを痛感した。私がとぼとぼと自宅まで歩いている間に一体どれだけの人が流され、痛みに涙し、助けを求めていたのだろうと考えるだけで苦しくなった。一方で、そうした状況下においても手をとりあい強く生きようとした人達がいたことも忘れてはならないのだと感じた。これらの写真の多くは被害者・被災地向けではなく、非被災地に向けて知らせるものであったと認識している。多くの写真は悲しみや苦しみ、絶望や壊滅といった言葉でも足りないような状況を、離れた私たちに伝えてきた。展示されていた写真の多くは、新聞の一面を飾っていたもので、朝日新聞を購読している私も印象に残っているものが多く見受けられた。勿論、被害者にとっても重要な報道に違いないが、おそらく「必要な情報」ではなかったように感じる。
 写真展示から離れたところに石巻日日新聞が展示されていた。小学校や中学校で作った壁新聞のような、模造紙(新聞印刷紙)にマジックペンで情報が端的に書かれていた。写真は一枚もないが、本当に必要な情報がつまっていた。電気の復旧箇所、安否が確認された、食料の場所…。記者のしっかりとした(が、急いでいるようにも見える)文字をどれだけの人が見つめていたのだろう。テレビも携帯も繋がらない地で、どれだけの人が救われただろう。限られた情報の中で、新聞社から発せられたという確かな情報はどれだけ心強かっただろうか。写真のように悲惨な現状を映し出しているわけではない。それでも、震災後の緊迫感とそれから生きようとする力が新聞から伝わってきた。どんなに技術が進歩していても、最後に人を救えるのは人であるのだと感じた。
 震災から80日が過ぎた。今、被害の少なかった私たちがすべきことは何であろうか。本当の意味での支援を続けることは必須である。義援金やボランティア、物資援助等できる限りのことをし続けていきたい。その上で、これまで私たちが触れることのなかった被災地での現状をもっと知っていく必要があると感じる。あの甚大な災害は二度と起ってほしくないが、相手が自然である限り、対策をし続けることしかできない。それには、現実を知り、生かす必要がある。今回見た石巻日日新聞は現状を知らなくてはならないと思うひとつのきっかけになった。
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ジェンダー
これまで自分自身が「女」であることに何の疑問をもつこともなく生きてきた。そもそも、性別について深く考えたことがなかった。「女でない」は「男」であったし、「男でない」は「女」という性別の二元論も半ば無意識的に認識してきた。しかしながら、性の二元論について改めて考えたところ、映画のワンシーンを思い出した。「私のこと嫌いなの?」と問い詰めると、「嫌いじゃない」と答え、「それじゃあ、好きなのね」という会話で、つまり「好きでない」は「嫌い」で「嫌いでない」は「好き」であるという構図である。この会話を聞いてどんな人でも不条理であるだとか、あるいは誘導尋問であると感じるであろう。性別の二元論も同様に考えられる。
大学進学を決める際に「女の子なのに浪人するの?」などという発言に怒りを覚えたことがあった。「女」という単語の後につく「くせに」や「だから」や「なのに」には少なからず不満を抱いていることに気がつく。それは決して自分が「女」であることが不満なのではなく、自分である「女」が過小評価されたり、不必要に守られたり、最終的に「女」という項目だけで原因や理由とされてしまうことに不満であるからだろうと考えられる。
知り合いの家族に性同一性障害をカミングアウトした人がいる。彼は家族に自分の持つ違和感を伝えるか、自殺するかで随分と悩んでいたという。これまで性同一性障害についてドラマや小説で知っていたものの、目の当たりにしたことがなく、どこか非現実であった。オカマやゲイと言った単語を覚えてから何年も経つけれど、「本人」に直接会ったことはなかった。それが、知人を通して途端に現実味を帯び、ある種のショックを受けた。ショックの原因は彼が性同一性障害であることそれ自体ではなく、自殺が選択肢に挙がっていたということにある。オカマやゲイと言った言葉にマス・メディアの影響を受けた楽天的なイメージが多くあった。よって死に追い詰めるほどの想いが、自分の身体から、心から、こみ上げてくるという事実が信じられなかったのである。
しかし、彼の想いそのものが耐えがたく自殺に至らしめようとした訳ではない事に気がつく。彼は家族にカミングアウトすることによる軽蔑や動揺、そして両親の期待を裏切ってしまうことを恐れていたという。中からこみ上げてくる感情と生きてきた過去と社会とに挟まれ逃げ出すために、自殺を選ぼうとしていたのである。
決して性同一性障害や性への違和感に悩む人を軽んずわけではないが、性同一性障害の、自分の身体への違和感は先に述べた私が持つ「女」としての「女」へのバイアスへの違和感と実は変わりがないのではないか。
  他者から見た「男」は身体的に「男」である。そして生まれながら「男」として育てられる。しかし、心が「男でない」場合が存在する。それでも他者から判断するとあくまでも「男」なのであって、その事実と心とに不一致が生じる。また、他者からみた「私」は「女」である。「女」であるイメージを元に「私」である「女」への評価がくだされる。その心である「私」と他者からみた「私」には不一致が生じる点で同様であると考えられる。
「やおい」や腐女子に関してまったくと言っていいほど無知であるが、オタクを始めとする様々な趣味趣向(特に性的指向)に関して多くの若者が寛容になっていると感じるという点は述べておきたい。   
国内で最大のソーシャルネットワークサイトであるmixi上にコミュニティーという同じ趣味や好みの人が参加する掲示板のようなものがある。芸能人やスポーツ選手の名前で検索をかけると多くのコミュニティーが見つかるが、必ずと言っていいほど(for gay)という名前のコミュニティーがヒットする。そして参加人数も決して少なくない。そういった現状に日々触れていることにより、マイノリティーであると認識することは少ない。
  時代が変わったという表現は少し雑であるが、インターネットの普及により、少数である弱者や周囲の無知による弱者は新しい地位を確立しつつあるように思う。しかしながら、それが当事者にとって「よいもの」であるのか「よくないもの」はわからない。
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言論・報道メディアとしての地上波放送の弱みと強みについて
言論・報道メディアとしての地上派テレビ放送の弱みとしてチャンネル数が少ないために、受けて側の選択の幅が狭い点が挙げられる。それ以前に日本における主要放送局は、NHKは特殊であるものの、民放においてははっきりとした特色や個性があまり感じられない。多くの視聴者は時間帯や番組ごとにチャンネルを回すだろう。放送局自体に固定の視聴者層が存在しないのである。インターネットにおいてはyahooを多く使う人はyahooニュースを読むであろうし、googleを使うひとはgoogleニュースを読むだろう。そうであるから、テレビにおいては送り手側もより普遍的な広く受け入れられる放送にならざるを得なくなり、結局どのチャンネルにもさほど差異が生まれないというジレンマに陥っているように思う。また、受けて側が固定されると、広告のターゲット層も絞りやすい。テレビ放送においては、番組や時間帯でしか固定できなかったものが、受け手側がはっきりしていればニーズに応じた広告を作ることができるだろう。
 さらに地上波テレビ放送は時間で考えても、選択の幅が狭い。速報を除けば、1日や1週間の番組が決まっているテレビ放送において好きな時にリアルタイムで情報を得ることは難しい。その点、インターネットは常に新しい情報が更新され、都合のいい時に欲しい情報を得ることが可能である。
 このようにテレビ放送の弱みは受け手と送り手の不自由さにあると考えることができるだろう。しかしながら、テレビ放送は基本的に偏った情報や過激な思想を送り出す可能性が少ないと考えられる。受け手側に予備知識や判断力がなくとも、危険にさらされる可能性は少ないといえるだろう。
 エンターテイメントとしての地上テレビ放送の弱みは、視聴者が完全に受け手でしかないというところにあると考える。バラエティ番組やドラマを観ていても、非現実的なところで、自分たちが参加できないところで行われてそれを傍観しているように思えるからである。自分ではない誰かが行う様子を見ているという一方的な行いである。そのため、多くの視聴者は一度でもつまらないと感じてしまうと観るのをやめてしまう。悔しさやもどかしさは張本人でない限り伴わないのである。一方、インターネットなどの参加型エンターテイメントは、受け手も送り手になり、実行者であるため楽しみ方に幅ができる点で強いであろうといえる。
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「いつか晴れた日に」
私は三人姉妹の二女である。映画「いつか晴れた日に」を観ながら自分自身の家族と重ねられるところを探していた。生きてきた境遇も国も時代も違う。さらに、こちらは現実世界で、あちらはフィクションである。しかしながら、三人姉妹という共通点だけでいささか親近感を覚えたのである。教科書を読まずに観たからこそ、三人姉妹という要素に注目できたのかもしれない。
私は大学に入ってから映画を観るようになった。それまでは小説ばかり読んでいたのである。映画を観るのには、映画館に行くかDVDを借りてくるかの方法しかなかった。また自室にDVDを再生する機器がなかったのでひとりで鑑賞することができず、映画から遠い生活をしていた。小説はいつでもどこでもひとりでたのしめたので都合がよかった。大学に入ると時間と金銭的に余裕ができ、またパソコンでDVDを再生できるようになり映画を頻繁に観るようになった。
小説と映画とのたのしみ方には違いがある。それぞれのたのしみ方を自己流に定義すると小説は頭を使い想像力を働かせ、自分の知っている事実や経験した過去の記憶を繋ぎあわせて頭の中で映像を作り上げることである。映画の場合は、映像とストーリーと音楽の調和をたのしむことである。あまり頭は使い過ぎない。そのため、授業中に「いつか晴れた日に」を観た時はストーリー全体の流れと映像にばかり注目していた。父を亡くして田舎へ移り住んだ三人姉妹と母と、そこでの暮らしと姉二人の恋愛模様という大まかなストーリーと時代をはっきりとさせるこだわりのありそうな衣装や食器や建築物、壮大な風景が印象的であった。
このような感想は多くの人と一致しているだろうと思う。多くの人が映画を観るということにおいて重視するのは映像であり、音楽であり、それからストーリーである。あるものにばかりに気をとられ、なぜないのか、なぜなくてもいいのかなどということは考えない。
教科書を読み終えて、父の不在についてはっとした。いないことがあまりにも自然だったのである。そうであるからこそ、全く気にならなかったのである。
父の不在から始まるこの物語であるのにも関わらず、確かに最後の最後まで父がいないまま、父の話題が出ないままだった。
日本のテレビドラマや映画で父が亡くなることで物語が始まるとしたら、現実に父が亡くなったらそうするように、悲しむシーンや思い出すシーン、写真に語りかけるシーンが出てくるだろう。
私の父は確かに存在する。父は、生きている。父は毎日働いている。働いて得てきたお金のおかげで私たちは住む家がある。毎日の食事には困らない。更には、大学にまで通わせてもらっている。父の存在なくしてはこれまでの生活を送ることは不可能だったに違いない。父が必要不可欠であるということはここではっきりと断言できる。とすると、この映画ではあえて父を不在にしたのだろうと感がえられる。父の存在が大きいからこそ、娘二人の行く先を追う物語にとって父は過剰な役と判断され、ストーリーをすっきりとさせる、つまり二つのアクター(マリアンヌとエリナ)にしぼるために父は排除されたのではないか。父を不在にすることで母の影も薄くなる。父の存在は必然的に母を必要とする。寝いり際や食事のシーンで父と母は会話をするだろう。娘の結婚についてあれやこれや不安を抱きつつ、幸せを願うならば夫婦としての二人が必要だろう。しかし、この映画では父がいないために母は娘たちと、母というような構成になり影が薄い。娘二人へのスポットライトは更に強く当てられる。
なぜマリアンヌとエリナにしぼられたのか。「分別と多感」を二人の娘を使い表現したかったのではないだろうか。本来、分別も多感も同一人物の中に含まれるものであろう。一見、時系列で多感から分別へ移行するようにも思われるが、実際多くの人が多感であり、分別を持ち合わせ、その間に揺れているように思う。
時系列を姉妹というものが表現している。つまり、多感な妹であるマリアンヌと分別があるエリナだが、二人とも決して綺麗に二つに分かれるわけではない。多感であり、分別があるのである。三女のマーガレットの存在は上の二人の姉妹が現在のようではなかったということを暗に示しているように思う。
冒頭の話に戻るが、私は二女でこの映画のマリアンヌに当たる。私が比較的姉よりも多感であるだとか、ロマンチストであるだとかの判断はできない。しかし、姉を思う気持ちや全く違う価値観を持っていても姉妹という繋がりにおいては対立することなく、むしろ認め合って助け合えるという点について大いに共感できた。
父や母との繋がりとは違う姉妹の繋がりは特別である。似ていて非なるものであるが、全否定できないのが姉妹である。それが恋愛に関して悩むという状況を通じてこの映画に表れていたと思う。この姉妹愛に焦点をあてると、父の不在は姉妹愛の強さや絶対的な信頼関係をより濃く浮き彫りにする働きをも持っているといえる。父がいなくなったとき、同じ悲しみを味わうのは姉妹だけである。母とは違う悲しみを味わうだろう。また、母がいなくなった時も同様である。そのような状況になったとき、お互いがお互いを必要とするだろう。姉妹が分別と多感を補完しあっているように。
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現代思想


 文明とは何であろうか。人知が進んで、世の中が開け、精神的、物理的に生活が豊かになった状態。特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度などによる経済的・物質的文化をさす とある。また文化とは、人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体 であるとされる。
 日本での「文明」は「文明開化」とほぼ同意語で使われていると考えていいだろう。「文明開化」は明治前期の西欧文明の流入と移行を指している。上の言葉を借りれば、蒸気機関車の導入などの技術・機械の発達や江戸幕府の終焉や開国といった社会制度の変化により、経済的・物理的に西欧から入ってきた(のちに入ることになる)「文明」はどのように感じ取られていたのだろうか。「文明開化」という言葉の産みの親である福沢諭吉(以下、福沢)を明治期の知識人の一人として、また彼の自伝「福翁自伝 」の4つの章をとりあげ「文明」をどのように把握していたのかを考察したい。

1. 初めてアメリカに渡る

外国(アメリカ)に行くのに、現地の人とともに行くのを躊躇っていたことが記されている。日本の乗組員はアメリカ人に連れて行かれたと思われることが、日本人の名誉に傷がつくと考えていたようである。このことは淡々と述べられている。福沢としてはこの日本人の強情さに呆れていたのではないかと推測できる。もし、福沢も同じ意見であったとするならば、結果として同船したことを恥じるだろうし、恥じていることを自ら話し出すとは思えない。客観的に事実を述べていることからも、福沢はアメリカ人と同船することに特に抵抗がなかったのではないだろうか。
 サンフランシスコへ向かう途中、水が足りなくなる事態に見舞われる。当然、節水を心がけるわけだが、アメリカの水夫が水を使いたがる。それに対してアメリカ人の船長はアメリカ人だろうが、日本人だろうが、無駄に水を使う者はその行為自体罰すべきものであるという見解を述べる。アメリカ人も日本人も関係がないという理論で、アメリカ人贔屓の発言をしてもよさそうなところを(日本人が船長で、日本人が同じことをしていたら、はたして同様の見解を述べていたのだろうかと少し気にかかるが)乗組員が生きて目的地に着くことを考えていた。福沢はこの言動に賞賛しているわけではないが、少なくとも論理的に(倫理的に)正しいとしている。
 多くの日本人がアメリカ人に(悪意があるかどうかは定かではないが)敵対心を持っていた一方で、アメリカ人は日本人に対して同じ人間として接していたのが伺える。福沢は、日本人とアメリカ人のどちらも強く肯定も否定もしなかったが、この二つのエピソードのコントラストは強い。
 その後、サンフランシスコに到着後について述べられている。アメリカ人による、日本人のイメージや噂に基づいたもてなしとそのズレや違いによる戸惑いや驚きが綴られている。決して悲観的ではなく、自らを客観視してその様子を愉しんでいたかのようである。
 しかしながら、日本人としての譲れない自尊心のようなものが垣間見える話が挟まれる。知っていることを知らないことを想定され説明されたという、アメリカ人による日本の過小評価に関しては日本人としての福沢が見え隠れする。
 帰路についての記述は少ない。驚きが少なかったからなのか、例の船長の不在により何かよくない思いをしたのか等は憶測でしかない。帰ってきてから桜田門外の変について聞いても、さほど驚くこともなくむしろ予想をしていたほどだった。英語をいち早く使いこなせるようになったことにも分かるように、福沢はひとつ前を見据えて生きていたように思う。そうであるからこそ、冷静に客観的に「文明」という事実を半ば愉しむかのように見つめていたのだろう。

2. ヨーロッパ各国に行く

パリに出向いた際の失態を数多く述べている。違うのだから仕方がないという諦めでもなく、決して恥じているわけではなく、ありのままの違いを愉しんでいるかのように述べられている。また、ロンドンで在日イギリス行使の日本での暴乱無状についての建言書をうけて、開国への確信を述べている。
それから公職選挙法、政党、議会を全く知らない状態で、初めてのものを知る様子が書かれている。今では想像できないが、知識人である福沢でさえ知らない(日本にない)政治がそこにあった。そしておそらく概念を理解できたことがこのヨーロッパでの収穫であったと述べている。福沢は旺盛な好奇心と冷静な客観視の二つで「文明」を見て聞いていたのだろう。そして蝦夷論にうんざりしていたに違いない。

3. 蝦夷論

 帰国後は蝦夷論が強まり、外国の書を読んでヨーロッパの制度文物をそれこれと論ずるような者は、どうも彼輩は不埒な奴じゃ、畢竟彼奴らは虚言をついて世の中を瞞着する売国奴だ、というような評判 が流れ、福沢の身も決して安全とは言いがたかった。福沢はその状況を自分のことではないかのように冷静に理解し、逆らうことなく幕府に雇われながら暮らすことを選択した。海外での経験により確信をもっていた開国という信念を曲げずに静かに時代を見守っていたのだろう。戦争が近づくだろうから米を用意するなどというように内にいる他者であり、敵ではなかった。

4. 王政維新
 明治政府ができ、福沢は政府から呼ばれた。結果的に明治政府は「文明開化」を推進したのだが、明治政府は蝦夷政府に走るだろうと判断した福沢は学問への道を貫くことにした。この頃に関しては福沢ははっきりと政府を批判しているし、政府の外国への対応を恥じてさえいる。子供の行く末を案じ慶応義塾を創設する。

 福沢の視点はいつも個人と国家の間にあり、日本と外国の間にあった。これは中立や平等というのとはまた違う。違う次元から見下ろしていた。そうであるからこそ、冷静でいられたし、決してやけを起こすことや、大きな事件に繋がるようなことはしなかった。結果として、将来を見据えて教育を始めた。福沢が見ていたのは「文明」ではないのかもしれない。過去としては確かに、「文明開化」であったが、当時は「醜い社会」だったのだろう。多く批判をしているわけではないが、淡々とした中に落胆が垣間見える。
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現代思想
思想とは何であろうか。思想とは現実にはたらきかけ、現実を改変し、かつ、そのことによって逆に思想の条件を作り出すものの意味である。 そうであるとすると、特徴を挙げることは、現実を端的に述べることであり、思想を明らかにすることに等しいと考えられる。ここでは日本の特徴は日本の思想を具現化したものであると仮定したうえで論を進めたい。
 丸山真男は近代日本を政治・経済・文化のあらゆる面において成り上がり社会と評した。成り上がりという言葉に軽蔑の意がこもっているのは言うまでもないだろう。
成り上がりが可能であった原因は、日本には独立した「伝統」がなく抵抗・革命がなく、新しいもの好きの優等生であったことだとされる。生まれ変わるのではなく、過去は過去として捉え、新しく入ってくるものを受け入れる姿勢や自己のなさが時間的に急速な近代化を可能にした。あくまでも時間的に形式的に近代化したのである。無秩序に積み上げられていく新思想に埋もれる日本の、前近代と近代化後とを繋ぎ合わせるための「機軸」として天皇制が一役を買うこととなった。
この天皇制は一見して天皇一人に責任があるように思われがちであるが、元老や重臣などの存在や内閣を輔弼機関としていたため、責任を避けることができた。そのため、戦後の日本においてこの「機軸」は崩れることになり、再び無秩序な精神思想が露わになってしまった。本当の意味での思想的混迷期への突入であった。
一方で丸山真男は日本の学問における近代化について言及している。今回、学問についての言及が一番身近であったため、重点的に考える。
専門化・個別化した学問をヨーロッパにはあった思想や文化といった学問の根底から抜き取り、根のない状態の日本へ植えつけてしまった。その結果、日本の研究者はそれぞれに専門的ではあるが、共通基盤のなく、横のつながりがないものとなってしまった。ヨーロッパにおいては伝統的に学問以外のつながりがあるが、日本においてはそれがなく閉鎖的になってしまった、これをタコツボ化と指摘している。
タコツボ化の何がいけないのか。タコツボ化により、内部者と外部者ができる。それによって内部では共通の価値観や考え方、思想が形成される。それは外部者には通用しない。それだけならいいのだが、日本のタコツボ化した集団はそれぞれがインターナショナルには外に向かって開かれている。そのために集団はそれぞれがマイノリティであるという被害者意識を持っている。つまり日本中被害者ばかりで加害者がいない状況ということになっている。ここでまた無責任という言葉を思い出す。
丸山真男は日本の思想が無秩序状態であることを指摘している。この無秩序状態には多様性といった利点を見出すことができる。だが、この無秩序から多様な次元での組織化は困難を極める。それにはこれまでの日本の思想にはなかった主体的で、強靭な自己制御力から生まれうる「革命」が必要であると丸山真男は述べている。
日本がこれまで、開国、明治維新における近代化、戦後の民主化を受け入れてきた。受け入れるという文字通り、日本は常に受動態であった。新しいものは喜んで受け入れ、古いものは忘れ、西欧を目標に受け入れてきた。
日本には「革命」がなかったと竹内好ははっきりと述べている。確かに、革命と呼ばれるものはなかった。壊して作り直すのではなく、完成型を何度も作り上げ、それをどこかに置いてまた新たに完成型を作ってきたのが日本である。過去を捨てることにより、責任を放棄してきたように思える。そのことと一連の丸山真男の無責任とは同じであろう。受身であることと無責任であることは主体性がないという点で同じと考えられる。つまり、日本は受身であるから無責任であり、無責任でありたいから、受身であるのではないだろうか。
積極的に何かを行ったとき必ず責任が降りかかる。しかしながら、他の誰かに勧められた場合やそそのかされた場合、究極的には強制された場合、責任を逃れる道がある。合理的判断によって見事に日本はその道を自ら「主体的」に選んで進んできたのではないだろうか。
この根源には日本文化が中国文化から独立していないという点があるかもしれない。日本という国自体が主体性を持っていないのは歴史的に考えてやむをえないのかもしれない。そもそも生まれ育った国を無責任である断言してしまうのは少し気が引ける。しかしながら、戦後の日本を見ていても無責任と主体性のなさというのは否定できない。アメリカとの関係が如実に物語っているように考えられる。そのような状況のなかで、国の主体性を作っていくにはまず、個人が主体的にならなくてはならないだろう。そのためにこれまでの過去を忘れることなく、受け止めたうえで「更に」新しいものを作り上げていく、必要に応じて壊していく、その勇気と心構えが必要であると考える。
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社会的弱者を考える
授業を通して、初めてビックイシューを知った。新宿にある高校へ通っていたため、存在は知っていたが、気にも留めなかった。毎日通る地下道には寝泊りするホームレスがたくさん居た。校舎にホームレスが侵入したことや植え込みに倒れこんでいて通報したこともあった。それでもビックイシューに興味を示さなかったのはやはり、自分には関係のないことだと思っていたからだろう。都市問題であり、地域問題であることを考えたことは毛頭なかった。事情があって貧乏をして家を失くした可哀想な人たちという認識だった。
NPO法人の代表がイギリスからビックイシューを取り入れたきっかけは私と同じようにホームレスが目に入る状況にあったというだけだ。国が動いてくれないのならばと動き始めた。ほんの一部ではあるが(1%にも満たない)ホームレスが自立しようとしている。多くのホームレスは地域に属していない。NPOが行うことは画期的で先進的である。しかし、その範囲や制度化には限界がある。
同じように地域問題であるという認識が薄かったものがある。児童虐待である。私自身、今考えてみれば虐待ともいえる行為を受けてきた。手にはつねられた跡がたくさんある。なぐる、蹴るは日常茶飯事だった。しかし、幼い私には児童虐待という概念がない。もっとも誰かに助けを求めるという考えがなかった。何より親のことを心から憎むことはできなかった。それだけで十分虐待とはいえないのかもしれない。話はそれてしまったが、児童虐待は増加の一途をたどっている。政府はそれを受け児童虐待防止法や児童福祉法を改正し、都道府県および中核市に児童相談所の設置や地域内の子育て支援センターなどを設置して防止・対応に努めている。また、学校にも虐待防止努力義務が課され以前より体制が強化されたといえるだろう。しかし、子供たちにそもそも虐待という認識があるのだろうか。
ホームレスへの対応と同様、児童虐待防止にもNPOが一役買っている。子供たちに人権という概念をワークショップを通じて教える取り組みを行っているCAPグループ。子供だけでなく、教師、親さらには政治家にも同様の取り組みを行っている。虐待を認識する一歩になっているに違いない。

教育・福祉という垣根を越えてソーシャルワークとして、国ができること、地方ができること、地域ができること、家族が出来ること、さらにNPOができることをそれぞれが補完していくことが大切であると考える。
| study | 01:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
TOEIC
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「履歴書の資格欄に書けるように」
そんな理由で

先月受けたTOEICの結果をネットでみて

英語がやっぱり苦手なんだなと実感
苦手っていっていいのかわからないけれど
好きではないと思うし到底得意ではない

勿論嫌いではないけれど

リスニングが案の定弱かった(´_`)

高校や浪人中は気にならなかった
聞き取れないこと、話せないこと、発音できないこと、
が大学にきて正直コンプレックス

周りにできる人が多過ぎるから

だけど

卑屈になってはいけない



次は750越そう

人は人だから

自分のペースでがんばろ
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成績
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一番恐れていたドイツ語の単位


ちゃんと(?)きました


会うひと会うひと
「大丈夫だった?」と聞かれる始末


とほほ



4年間で卒業できると思われます
これ以上遠回りしたら迷惑かけるし
年齢的にもいやです…

履修登録はさらに面倒なかんじになりました
政経はテスト期間が1週間になって
(しかもほぼ全部教場試験)
1日に4つ授業いれちゃうとキツいらしいのです

なので4月からは土曜日も学校に行きます
後期を軽くしようというありがちなパターン履修


ホワイトデーはスルーとおもいきや
スルーではないみたいなのでちょっとだけ期待


それでは今日も割と元気にバイトに行って参ります\(^o^)/
| study | 08:27 | comments(4) | - | pookmark |
ちいさな不安は消えることがなくて まいにちをちょっとずつつまらないものにしていくけれど、 その小さな不安を1つのブログに表現にしていくことで、 まいにちを少しだけ柔らかく、気持ちをらくにしてくれるのでは? という思いから心の中を書き出しています。
1988年生まれ仙台/東京の西のほう育ち/三人姉妹の二女/モノがすき/広告会社を飛び出してディベロッパーへ/新宿/吉祥寺/洋服/リング/映画/フェス/読書/おかいもの/ウェブデザイン/写真
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